Wisdom

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 民間版の世界銀行を目指す五常・アンド・カンパニーの社長、慎泰俊さんがこんなツイートをしていました。

 

 「統合された知性」の磨き方について、多くの人がRTや「いいね」していて、広く共感を得られていることが伺えます。私もウンウン頷きながら「いいね」したんですが、というのも、ちょうど1学期最後の授業のテーマが「Wisdom」についてで、まさに学んだことが肉付けされた内容だなと思ったからです。

 

 今日はこのツイートの背景にある理論、そしてどうすれば「統合された知性」に磨きをかけられのるかについて、思うことを書きたいと思います。

 

 Wisdomは、日本語だと「知恵、分別、学識」を意味します。僕はいわゆる頭の良さというより磨かれた人間力といった概念だと思っていて、人生の1つの到達点・理想状態みたいなものだと考えています。そのため日本語だと正確なニュアンスが伝わりづらいので、今回はそのままWisdomと書きたいと思います。

 

 さて、Wisdomとはどういった状態かを考えるにあたって、The Berlin Wisdom Paradigmという理論があります。この理論は、Wisdomを"good judgment and advice about important but uncertain matters of life"(人生の重要だけど不確実な問題について適切な判断と助言)を行える状態と定義し、以下5つの指標(Knowledge)全てを満たしていることとしています。

  1. Factual Knowledge:general and specific knowledge about the conditions of life and its variations. → 人間の性質や人生の成り行きについて知っていること
  2. Procedural Knowledge: general and specific knowledge about strategies of judgment and advice concerning matters of life. → 人生の問題に対処する術を知っていること
  3. Lifespan Contextualism:knowledge about the contexts of life and their temporal (developmental) relationships. → 人生の様々なコンテクストへの気づきと理解を深め、それらが人生を通じてどのように関係し合い、また変化するか知っていること
  4. Relativism:knowledge about differences in values, goals, and priorities. →人生の価値観やゴール、プライオリティに関して、個人、社会、文化レベルでの違いを知っていること
  5. UNCERTAINTY:knowledge about the relative indeterminacy and unpredictability of life and ways to manage. → 人生が不確定で予測不能ということ、また個々人の知識に限界があることを知っていること

 

 このThe Berlin Wisdom Paradigmは、Wisdomというぼんやりした概念を5つのknowledgeに整理したという点で評価されています。確かに上の5つを持っていれば、人生のマスターみたいな感じで振る舞える気がしませんか?一方でどれか1つでも欠けてしまうと、なにか問題に直面した時にあたふたしてしまってWisdomとは言えない感じがします。

 

 一方で、knowledgeというCognitive(認知)な面にばかり焦点が当たっていて、その他のReflection(省察)やEmotion(感情)、またSelf Tansecendence(自己超越)をしてCommon Goodに尽力するといったWisdomに必要な要素が見過ごされているとの指摘もあったります。

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 では、どうすればWisdomに近づけるのか?そのためには人生を通して様々な経験をすること、特にネガティブな経験をすることが効果的とされています。例えば、大切な人の死に直面した人は、死に至るまでの苦しみだとか周囲の人がそこから立ち直っていく心情的な過程、死を契機とした人間関係の変化などについて、より敏感になります。必ずしもネガティブな経験である必要はなくて、出産をしたりスポーツで結果を出したりなども良い経験だと思いますが、人はやはりネガティブなほどそこからの学びや気づきが多い生き物なのでしょう。

 

 また「Wisdomとはどんな人のこと?」とイメージを尋ねた実験で、白髪混じりで顔に深いシワが刻まれた眼鏡をかけている人といった答えが出されているのですが、この背景には歳を重ねている人すなわち色んなことを経験している人という考え方が根ざしています。

 

 しかしながら、必ずしも全ての高齢者が人格者と言えないように、経験=Wisdomという訳ではなくて、どのように経験と向き合っていくかが重要と考えられています。これをモデル化したのがThe MORE Life Experience Modelです。

 MOREはアクロニムで以下の4つから成り立ちます。

  • Mastery:a belief that a person holds that he/she is able to deal with life’s challenges, whatever they may be. → 自身が(その能力の限界も踏まえて)あらゆる物事へ対処できるという信仰を持つこと。自己効力感が養われ積極的な行動を生み出します。
  • Openness:high levels of tolerance for ways of life that differ from one’s own. → 異なる価値観、経験したことない行動や感情、触れたことのないアイデアを認めて、他者に対して偏見を持たずに寛容であること。
  • Reflectivity:the willingness to look at life issues in a complex way, rather than to simplify them. → 経験に対して安易な帰結を与えず、複雑な要素や関係性などを考慮して自身の価値観や感情、行動などを省察すること。
  • Emotion Regulation (particularly Empathy):self regulation of thoughts, emotions and behaviours. And to perceive others’ feelings and reactions clearly so as to take their perspective, as well as the ability to “regulate” others’ emotions well, on the basis of caring concern for their welfare. → 自分、そして他者の思考や感情、行動を理解・統制して、人生のネガティブな面をポジティブなものに捉えなおすこと。

 MOREモデルについては以下のYoutubeでも説明されています。 

www.youtube.com 

 実はこのMOREモデルの4要素は、幸福になるために大切とされている要素とも重なっています。Wisdomな状態を目指すことはWellbeingを高めることにも繋がるのです。

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 さて、冒頭のツイートに戻ると、多くの経験、最新の理論や優れた古典、科学と世界情勢…といった色々なことに取り組み続けることは、Wisdomになるための1つのアプローチと言えると思います。そして、MOREモデルを意識して、様々な可能性や考え方に触れて、自分や相手の心情を慮りながら、深い省察を与えていくことによって、積み重ねられる経験をより重みのある経験値に変えていくことができるでしょう。

 

 既にお気付きのように、Wisdomに絶対的な状態というのはなくて、過去の自分や周りの人との比較で(明確な測定は困難ながらも)相対的に判断されるものです。歳を経ることは、身体的衰えや思考力的な限界だと考えてしまう人もいるかもしれませんが、皺の数だけWisdomに近づけるチャンスでもあるので、謙虚に色々な経験をして深く省察していくことを意識したいものです。