カメラを使って「人生の意味」と出会う(前編:研究・理論)

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"What do you live for?"(あなたは何のために生きていますか?)

 皆さんはこの問いに対する答えを持っていますか?それはあなたの「人生の意味」(Meaning in Life)であり、家族、仕事、趣味、信仰、ペットなど、きっと十人十色の様々な答えが挙がるでしょう。自分にとって大切な人・コト・モノのために生きている人は魅力的に映りますし、日々の忙しさや逆境の中でも挫けず希望を持って頑張れる人なんだと思います。「人生の意味」を見つける重要性については、スティーブ・ジョブズのスタンフォードでのスピーチでも彼の言葉と経験を通じて指摘されています。(以下、同スピーチ抜粋)

皆さんも大好きなことを見つけてください。仕事でも恋愛でも同じです。仕事は人生の一大事です。やりがいを感じることができるただ一つの方法は、すばらしい仕事だと心底思えることをやることです。そして偉大なことをやり抜くただ一つの道は、仕事を愛することでしょう。好きなことがまだ見つからないなら、探し続けてください。決して立ち止まってはいけない。本当にやりたいことが見つかった時には、不思議と自分でもすぐに分かるはずです。すばらしい恋愛と同じように、時間がたつごとによくなっていくものです。だから、探し続けてください。絶対に、立ち尽くしてはいけません。

 

 ただ現実的には、この問いに自信を持って答えることは容易ではありません。それには長年の経験や思考、感情の蓄積が必要であったり、偶然の巡り合わせによって見つかることもあるでしょう。そして何より、答えがなくても日々の生活に支障をきたす類のものではないのでチャンレジする気が起きにくい。おそらく、「人生の意味」について考えたことのない人、まだ探し中という人、何となく頭に浮かぶけど確証を持てない人、そのレベル感は様々だと思います。

 

 そして、かくいう私もその1人だったのですが、今期課題でカメラを使って「人生の意味」を探求して自分の大切なものと向き合う貴重な経験を得られたので、今回その内容について書きたいと思います。また、個人的にこの分野の研究が非常に面白かったの幾つか取り上げます。本記事があなたの「人生の意味」について考えてみるキッカケになれば幸いです。

 

 さて、今回少し長くなったので前編と後編に分けてお届けします。

  1. 理論・研究紹介(前編)
  2. 実験:カメラで「人生の意味」を探求する(後編)
  3. 結果:カメラで「人生の意味」を探求する(後編)

 今期課題については以下記事も参考ください。

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1. 理論・研究紹介

(1)「幸せ」の定義

  ポジティブ心理学創始者であるセリグマン氏は、「幸せ」の定義としてAuthentic Happinessを提示しました。それまで「幸せ」は、Positive・Negative感情の総量、生活への満足度(Satisfaction)といった短期的・快楽的(Hedonic)な要素ばかりが注目されていましたが、同氏は、人間の「幸せ」にはもっと中長期的で精神的充足につながる要素(Eudaimonic)が欠かせないとしています。

 

 同氏の掲げるAuthentic Happinessはこの点を踏まえたものです。具体的には、Good Life(フロー状態など没頭できるもの、モチベーションを生む目標など)Meaningful Life(家族や友人との関係性、社会に良い影響を与えるなど)を「幸せ」の重要な要素と指摘しました。

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 セリグマン氏の「幸せ」の定義に違和感を感じる人はそんなに多くないんじゃないかと思います。感覚的に確かにこの3つの要素が満たされれば幸せな状態に近づける気がますし、この定義に基づいて自身の状況を振り返ってみることでヒントも得られそうです。

 

 そしてお気づきのように、「人生の意味」は「幸せ」にとって重要な要素と考えられているのです。 

 

(2)"Search for Meaning"(意味の探求)と"Presence of Meaning"(意味の出現)

 この分野の有名な先駆者の1人に、ヴィクトール・E・フランクル氏がいます。彼はアウシュビッツ強制収容所に収容されて生き残ったユダヤ人研究者で、その体験を綴った著書「夜と霧」でご存知の人もいるかもしれません。

 

 フランクル氏の主張は、人間にとって"will to meaning"(意味への意志)こそ重要で、それが失われた時に我々は落胆や失望に襲われるのだというものです。ここで留意したいのは、同氏は、meaningそのものにではなくて、その追求(Search for Meaning)に重きを置いていること。意味を追求し続けた結果として、我々はmeaningfulな状態になれるのだとしています。これにより、それまで「人生の意味とは何だろう?」という点にばかりフォーカスが当たっていたのが、"Search for Meaning"(意味の探求)と"Presence for Meaning"(意味の出現)の2つの側面が注目されるようになりました。

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Prof. Dr. Franz Vesely, CC BY-SA 3.0 de, リンクによる

 

 この「意味の探求」と「意味の出現」についてですが、日本とアメリカの文化的影響を調べた面白い研究があります。一般的に「人生の意味を探求するのは、意味ある生活を送れていないからだ」との考え方から、「意味の探求」が高い人ほど「意味の出現」が低く、結果ウェルビーイングも低いとされていました(負の相関)。実際にアメリカ人を調査したところ、確かに両者に負の相関関係が見て取れたのですが、一方で日本人からは正の相関が現れたのです。つまり、日本人は「人生の意味を探求する人ほど、生活の中に意味を実感していて、ウェルビーイングも高い」というのです。

www.sciencedirect.com

 同研究では、この違いを両国の文化的相違から説明しています。アメリカ社会では一人ひとりの個が尊重され、社会は個人の違いやユニークさを評価します。そして各個人は自身の成功を目指し、意味ある人生を送ることにモチベーションを感じます。これは結果(成功)重視の社会と言えます。

 

 一方の日本社会は、個人は集団の構成員とする考え方が強く根付いています。このような社会では、各個人は集団内の人間関係に留意しながら自身の振る舞い方を決めて、意見の対立が生まれたらそれを解消する妥協点を見出して中道を探ります。結果(成功)よりもプロセス(努力)を大事にする社会と言えるでしょう。

 

 ここから、個人の結果(成功)を重視するアメリカ社会ではプロセスの先に結果が続くシンプルな構図があって、「意味の探求」を終えて初めて「意味の出現」を感じると言うことができます。対して、日本社会はプロセス(努力)を適正に保つことが集団の秩序を維持し、イコール結果(成功)と考えます。プロセス重視の社会なので「意味の探求」こそ大切で、同時にそれは「意味の出現」・ウェルビーイング(結果、成功)にも繋がります。実際にアメリカでは「意味の出現」の状態にある人が多く、日本では「意味の探究」が自身とよく適合すると報告しています。

 

 私はこの説明が腹にストンと落ちたのですが、皆さんはいかがでしょうか?意味を(既に出現したと考えるのではなく)追求し続けることの美徳や、その姿勢が幸福感を生むという自身の感覚と合致していると感じます。

※ 注:"Meaning for Search"(意味の探求)と"Presence of Meaning"(意味の出現)は相関関係でなく、それぞれ独立した変数との結果もあります。つまり、アメリカ人も「意味の探求」と「意味の出現」が共に高いケースというのも観察されています。

 

(3)「人生の意味」3つの側面

 Martela & Steger (2016)の研究で「人生の意味」を以下の3つの側面から定義しています。

  • Coherence(一貫性)
  • Purpose(目的)
  • Significance(重要性)

 Coherence(一貫性)とは、日々の生活や経験の積み重ねから法則のようなものを見出し、なぜ自分は過去〜現在においてこのような考え方・行動を取っているのか(いないのか)理解すること(make sense)を指します。自分の人生をどう認識(Cognitive)するかという側面であり、過去と現在の行動から規則性や一貫性を探ることは待ち受ける未来にどんな行動をとるか予見性を高めることでもあります。逆に、一貫性や予見性のない生活は、単にその時その時で一過性の経験を積むことであり、なぜそれをしている(した)のか説明・理解ができません。

 

 Purpose(目的)とは、特定のゴールや目標の下で方向感を持って日々の生活を送ることです。未来に目を向けた時に自分の人生がどこに向かっているのか指針を持つことが大切で、モチベーション(Motivation)的側面を持ちます。逆にゴールがない生活では、決まったベクトルを失ってしまい、自分がどこに向かって日々の生活を送っているのか分からなくなってしまいます。

 

 最後にSignificance(重要性)は、日本語の「生き甲斐」に相当する言葉です。人は生き甲斐があるからこそ辛いことでも頑張ろうと思えます。実際に人生にSignificanceを見出している若年層ほど自殺率が低いという研究結果もあります。これは自分の人生をどう評価(Evaluation)するかという側面を持ちますが、Significanceがない場合、目的に向けて頑張ることをゲームのように考えてしまい虚無感を感じてしまいがちです。

 

 (あまり良くない例かもしれませんが他に思い浮かばないので...)例えばデスノート夜神月なんかはこの3側面から人生の意味を見出したように思います。デスノートを手にした彼は、強い正義感を持った優等生としてのこれまでの自身のあり方を再認識し(Coherence)、ノートに名前を書くことは自分にしかできないと感じます。そして、ノートに名前を書いて犯罪者を裁き続けることを決意し(Purpose)、真面目に暮らす人たちが幸せに生きる世界を作ること(Significance)を目指したのです。

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 さて、この3つの側面はそれぞれ関係性があります。特にSignigicanceは大切ですが、いきなり生き甲斐を見つけるのは難しいので、その時はCoherenceやPurposeに目を向けてみるとSignificanceの発見を助けてくれます。また、自分の人生を振り返って理解すること(Coherence)が未来の目標を定めること(Purpose)に繋がり、またPurposeに向かって行動を積み重ねていくことで自分のCoherenceを更に深めていくこともできます。

 

 そして、この3側面に目を向ける際は、Authenticity(真性)を満たすことも重要です。Authenticityは自分本来の理想や願望、信仰に従うことであり、この対極は世間の目を気にして偽りの人生を過ごすことです。自分の核にある大切なものを追求することは、これまで何となく身を委ねてきたものを捨ててコンフォートゾーンから出ることでもあり、必ずしも楽な決断ではないかもしれませんが、その先にはあなたにとって本当に意味のある人生が待っているのです。

 

(4)「人生の意味」の源泉

 それでは何が「人生の意味」を生むのか。人それぞれ意味の源泉は異なりますし、文化や性別、またライフスパンを通じて変わるものと理解されています。例えば、男性は仕事、女性は出産に意味を感じたり、若い時は信仰(Belief)を大事してたけど歳を重ねるごとに喜び(Pleasure)に意味を感じるようになるなどです。ただ、そのような中でも以下の7つの意味の源泉があるとWong氏は主張しています。

  • Relationship:互恵関係にある他者の存在
  • Intimacy:自分の大事な部分を打ち明けられる親密な存在
  • Self-Transcendence:自己を超えた外部にある責任や目的
  • Achievement:何かを成し遂げること
  • Self-Acceptance:自分自身を受け入れること
  • Fairness/Respect:公正性や尊敬といった感覚
  • Religion/Spirituality:宗教や神聖なものに従事すること

 家族やパートナー、友人、仕事、芸術、自然、趣味、信仰などなど、あなたの「人生の意味」は上7つのいずれかと一致しているでしょうか?

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 さて、前編として関連の研究・理論を紹介しましたが、皆さんの「人生の意味」を考える手助けになればなと思います。次回後編では今期課題(1週間かけて自分のMeaning in Lifeの瞬間を写真におさめる)の具体的な内容と効果について紹介します。