ヨーロッパ大学院で学ぶ、エビデンスベース・コーチングのすすめ

f:id:mskeria107:20191214210429j:plain

 私がUELで学んでいるコーチングの専攻は「コーチング心理学」と呼ばれていて、コーチングのテクニカルな面だけでなく、研究・実験を通じてどういったエビデンスが確立されているかについても合わせて学んでいます。コーチングの研究というとイメージしづらいかもしれませんが、例えば異なるコーチングアプローチを採用した時にクライアントの目標達成やメンタルにどういった影響を与えるかを観察して、より効果的なアプローチを探求したりするものです。

 

 欧米では、エビデンスに基づいた方法論を実践し応用することがコーチングの主流になってきています。一方で日本の状況については、私が日本のスクールで学んだことがないので正直分からないのですが、研究論文の数等でみると欧米が圧倒的に進んでいるので、エビデンスとの向き合い方は多少違っているのかもしれません。

 

 さて「エビデンスベース」という言葉、コーチングに限らず、例えばエビデンスベースの政策立案(EBPM)など様々な分野で流行語のようになってきていて、遅かれ早かれエビデンスベースのコーチングも日本で注目度が高まってくるのではないかと期待しています。今回はその先駆け(?)的に、今期読んだ興味深いコーチングの研究論文を紹介したいと思います。

 

 コーチングのテクニックにどういったエビデンスがあるか理解が深まると、自身のコーチング手法の開発だったりコンテクストに応じた使い分けに磨きがかかり、その結果クライアントの成長を引き出すことができます。また、クライアントの立場からも、コーチングブームが起こりつつある今だからこそ、このコーチはエビデンスに基づいてセッションを進めているんだという安心感を持てることは重要だと思います。

 -----

1. はじめに

 コーチングの学術的研究は1990年代から本格的にスタートしました。当時はコーチングの定義に関する研究とか、ケーススタディを通じたコーチングの定性的効果の測定などが主なテーマでした。コーチングの黎明期だったので、コンサルティングとはどう違うのか、どういった効果があるのかといった点が関心どころだったと言えます。

 

 これが2000年代になると、ライフコーチングだったりエグゼクティブコーチングといったタイプ別コーチングの効果測定など研究の幅が広がります。また、この頃にはコーチングの定義や定性的効果に対するコンセンサスがある程度固まってきて、定量的に効果検証する研究なども増えてきました。

 

 そして、2000年代後半から研究の関心が更にシフトして、効果的なコーチングの要素とは何なのか?、コーチングを成功に導くコーチとクライアントの関係性はどういったものか?、など方法論にフォーカスを当てた研究が複数行われるようになりました。

 

 このように歴史が浅いながらもコーチングの研究は日々進化していっています。ということで、コーチングの研究概要を以下で3つ紹介したいと思います。

 

2. 研究紹介

(1)成功をもたらすコーチとクライアントの関係性とは?

 コーチングではコーチとクライアントの関係構築が重要というのは、コーチであれば誰もが教わることです。互いに信頼しあって本音でコミュニケーションできないと、良い結果は得られないというのは想像に難くないと思います。では、具体的にどういった関係性がコーチングの成功をもたらすのでしょうか?

 

 本実験では、コーチとクライアント49組が10〜12週かけて4度のセッションを行い、コーチングの成功度(クライアントの悩みがどの程度解決されたか)を測定しました。と同時に、クライアントがコーチとの関係性をどのように評価したか、次の4つの観点から測定し、成功度との相関関係を算出しました。

  1. コーチから共感、無条件の思いやり、信頼、支援を得られていると感じる度合い
  2. コーチとの関係性への満足度合い
  3. (クライアントが描く)コーチとの理想的な関係との近接度合い
  4. コーチがクライアントの目標達成に焦点を当てていると感じる度合い

 この結果、コーチングの成功度と最も相関が高かったのは、4.の目標達成を意識した関係性でした。1.のコーチからの自律的な支援が得られていること、3.の理想的な関係性との近接性というのもプラスの相関が見られました。一方で、2.の関係性の満足度については、コーチングの成功との統計的に有意な関係は確認されませんでした

 

 本実験からのインプリケーションは、コーチングにおけるクライアントの目標(ゴール)設定とゴールを軸としたコミュニケーションの展開が非常に重要ということでしょう。その中で、コーチがクライアントの側に立って、共感やあいづち、パラフレージングなどを行うことも効果的です。また、たとえコーチとクライアントが人間関係的にどれだけ満足していても、それはコーチングの成功に繋がりません。コーチはクライアントとの関係を意識的に構築していかなければならないのです。

 

(2)ソリューションフォーカス(SF)とプロブレムフォーカス(PF)はどっちが有効?

 SFとは「問題を解決できそうな方法を3つ挙げて。」といった解決策に焦点を当てた質問、PFとは「その問題はどのようにして生じた?」のように問題の深掘りに重きを置く質問をメインにしてコーチングを行うことです。

 

 こちらの実験、結論から言うと、SFの方が好ましいとの結果が出ています。140名の学生が、SFグループとPFグループにランダムに別れ、質問表に答える形でコーチングを疑似体験し、その後、学生のポジティブ感情、ネガティブ感情、自己効力感(Self-efficacy)、ゴールの進捗度を測定しました。結果は、SFグループが全ての項目でPFグループより優れているというものです。ただ、PFグループが悪い結果だった訳では必ずしもないので、コンテクストに応じてSFとPFを上手に組み合わせることが有効とも言及されています。特にクライアントに認知の歪みがあるときなどは、PFで深掘りしていってその歪みを認識させることがまずは有効でしょう。

 

 この結果はコーチング初心者の私には最初衝撃で、そもそも問題分析しないと有効な手立ても作れないでしょうとの考え方があったのですが、実際にSFでコーチングを進めた方がクライアントの変化を実感することが多いです。まさにここはコーチングがコンサルティングと異なるところで、ロジックやファクトといった客観的事象ではなくて、感情や認識といった主観的・非論理的事象とも向き合っていくため、その部分をコントロールする技術がコーチには求められ、その1つがSF的アプローチと言えると思います。

 

 皆さんは、何か新しいことにチャレンジする時、できない理由ばかりに目が向いてしまってなかなか行動に移せないという経験はないでしょうか?例えば転職したいけど失敗したくないから今の会社に留まってしまうとか。それはきっとPFしすぎてしまっているのかもしれません。もっとSFに目を向ければ、気持ちがポジティブになって自己効力感も高まってきます。そのバランスが難しい場合はぜひコーチに助けを求めてみください。

 

(3)コーチングで得られる効果は?

 最後はコーチングを受けるとどういった利点があるか調べた実験を紹介します。

 

 28名に10週間のコーチング(Cognitive-behavioral, Solution-focused Life Coachingと呼ばれるもの)を実施して、その前後で、ゴールに向けて努力する度合い、ウェルビーイング、Hope(※)がどう変化するか測定しました。結果はご推察のとおりで、コーチングを受けていないコントロール群と比較し、実験群はこれら値の著しい上昇が確認されました。コーチングはクライアントの目標達成に貢献するだけでなく、ポジティブ感情の増加とネガティブ感情の減少、また行動することだったり成長・進捗を実感できることが、他者との関係構築やフロー状態の達成、日々のやりがいなどを生んで、精神の充足感にも繋がります。

※心理学ではHopeを次のように定義します:ゴールまでの複数の道筋(pathways)を描き、それを実行する能力(agency)を自身が備えていると認識する程度。ざっくり言えば、Hopeがあるとはゴールを実現できそうな実感を持てていることです。

 

 そして本実験の大きな発見は、実験群に見られた変化が実験終了後30週が経過してもなお継続して観察されたということです。 

 

 コーチングはクライアントが主体的に考えて自ら行動することが基本的な理念で、コーチはあくまでクライアントをサポートする立場です。10週間のコーチングプラグラムに参加した実験群は、主体性を発揮して行動に移していく経験を積んで、自己統制(self-regulation)や自己効力感(self-efficacy)を高めることに成功したと考えられます。つまり、プログラムが終了してコーチがつかなくなった後も自走することができて、目標を達成していく気持ちを維持しながら行動を継続していったことで、ゴールに向けて努力する度合い、ウェルビーイング、Hopeをずっと高めていられたということでしょう。 

----- 

 このようにコーチンングの効果だったり有効な手法がエビデンスで提示されています。コーチングにやや不信感ある人も少なからずいるかと思いますので、ぜひこれを機に興味を持ってもらえると嬉しいです。また、コーチを見つける1つの軸としてエビデンスに基づいたコーチングを提供しているかという点も考慮してみると、皆さんの目標達成により近づくことができるかもしれません。